オオスズメバチの帝国に、人間の運命を見たのは僕だけだろうか


風の中のマリア

不思議な小説です。

主人公は擬人化されたマリアというオオスズメバチ。

しかし、全くの作り話というわけではなく、オオスズメバチの生態を忠実に再現した物語となっています。

従って、読み終える頃には、オオスズメバチのちょっとした専門家になっているでしょう。


「風の中のマリア」 百田尚樹 講談社文庫

学生時代の生物の教科書もこんな具合になっていれば、楽しく勉強できて、しかも素速く深く記憶に刻むことができたでしょう。

この物語は、単に生物学的に勉強になるだけではありません。読み物としても面白い。久し振りに一気に読み上げました。

主人公マリアは、オオスズメバチの使命を充実に果たします。たまに自分の生き方に疑問を抱くこともありますが、それをすぐに打ち消し、自分たちの帝国、女王、そして妹たちの為に、命を削って働くのです。

とにかく、理屈抜きに一所懸命に働く。生まれてきた以上は、自分の使命を全うすることに全力を尽くす。そこにこの作者の真意が込められていると感じました。

マリアは自分のその本能というべきものに従って、シンプルに着実に使命を果たします。しかし、それは人間も同じで、彼女らよりも少しばかり複雑にしたプログラム、本能にそって生きているだけではないでしょうか。

そして、それが例え本能であろうが、ゲノムのプログラムであろうが、一所懸命に全うする。そこには機械的なものだけでなく、己としての心の介在もあるに違いないのです。

途中ゲノムの説明を、ハチ自身がする場面には若干の違和感を感じましたが、物語全般としては素晴らしい出来。

ちなみに、ハチの世界に人間を見た私は、自分がハチならば季節外れに生まれたオスのオオスズメバチであろうと感じてしまうのでした。

百田尚樹、私にとって、他の作品も読む必要がある作家となりました。


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