本書は冒頭で、日本の仏教について、主に中国から伝えられたこと、そして中国仏教は、必ずしもインド仏教を忠実に模写していないということを述べています。
読みやすい文章のインド仏教入門書
また、おりにふれて、日本仏教について、苦言を呈しています。
しかしながら、日本、中国の仏教については、冒頭においてその概観を紹介する程度で、内容のメインはインド仏教についてです。
ブッダの教えそのもの、というよりもインドにおける仏教の歴史全体を考察するといったかたちです。
今は途絶えてしまったが、1500年に渡りインドで繁栄し内外に影響した仏教思想について論じています。
従って、初期の仏教、原始仏教にとどまらず、インドそのものの思想史から、インドで発生した大乗仏教、密教までも含めた内容となっています。
仏教の歴史的考察において、ブッダの生まれた地域の当時の生活様式や社会制度から類推して、シャーキャ族の起源を、モンゴル系のチベット=ビルマ族と見ている点に興味を引かれます。
本書における仏教は、釈迦牟尼一人の説いた教えではなく、釈迦牟尼誕生以前のインド文化、そしてそれ以後のインド文化とともに発展した仏教全体をもって、仏教として捉えています。
多くの仏教聖典について、近代の報道記事とは異なり、ただの事実ではなく宗教的事実を伝えることを使命としているとします。
つまり、事実の描写というかたちを借りて、実は宗教的真理を説いている、ということです。
ブッダの生涯についても、仏典の作者たちが象徴的なイメージを用いて描写しているとし、しかし、最終的にブッダの説いた法(ダルマ)は、菩提樹の下での体験の発露であることは真実であろうと見なしています。
さて、文脈から若干批判的な傾向の見え隠れする本書ですが、三枝氏の「仏教入門」とくらべて、こちらのほうが、仏教入門ではないかと感じるほど、文書自体はとても読みやすく、わかりやすいものです。また、初心者がおさえておくべき仏教の基本的な内容が記されています。
初期仏教、部派仏教などの区別においては、三枝氏の「仏教入門」がとても参考になりましたが、その点、本書は前述のとおり、インド仏教に絞った内容とはいえ、それらをまとめて論じる内容になっており、時代区分が若干わかりにくいことはあります。
印象としては、「仏教入門」について三枝氏は学者として、正確を期すことに注力し、「仏教」において渡辺氏は、仏教について自分で消化している内容を、主観も込めてわかりやすい文章で著している、と感じます。
表現が適当であるか否かは別として、全体として渡辺氏の仏教に対する一個の人間としての姿勢は、大乗仏教よりの心情をもっているとの印象を受けました。