すばる文学賞と小説すばる新人賞の面白そうな作品を読んでみて


黄金の庭

よく考えると、小説の新人賞というものは、ありがたいものです。何しろ、下読みのプロ達がしろうとの書いた雑多な文章を、無償で評価してくれるのです。小説家志望の人間の作品が、こんなに大勢の方に客観的に評価してもらう場など他にはないのではないでしょうか。

多少の運もあるかもしれませんが、大体において良い作品は最後まで残るようです。新人賞突破が小説家になるための一番の近道だといえるでしょう。

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黄金の庭

さて、そんな新人賞の中で、集英社の主催する「すばる文学賞」と「小説すばる新人賞」を受賞した各作品を一点ずつ読んでみました。
「すばる文学賞」は純文系、「小説すばる新人賞」はエンタメ系です。なお作品は最新とは限らず、歴代受賞作の中から、面白そうなものを選びました。

まずは第三十六回すばる文学賞受賞作 「黄金の庭」 高橋陽子

内容紹介文から

お寺の閻魔様が動き回り、池の蓮の花からお釈迦様が現れる。不思議なことがおこる町に引っ越してきた青奈夫婦。ある日、質屋で手に入れたオパールの指輪がしゃべり出し…。不思議な町の平凡な日常を描く、新しい大人のファンタジー。

レビュー

面白そうですね、純文学系なのにファンタジーっぽい。いったいどんなんだろうと、楽しみに読みました。

実際に読んでみると、さすがに競争激しいすばる文学賞を勝ち抜けた作品です。文章がうまい。文体としては、冗長な感じが保坂和志に似ています。もしかすると影響を受けているのかもしれないですが、純文学の文体として既に確立しているものなのかもしれません。

内容は幻想的な町に引っ越した主人公の内面を描いた作品で、シャチホコが餌を食べていたり、閻魔様がいたずらっ子を投げ飛ばしたりと不思議な世界が広がるのですが、主人公はそんな世界をさして驚くでもなく受け止めます。そのほんわりとした感じが良い。

主人公は子供がなかなか授からないなど、シリアスな悩みを抱えていますが、そこもさらりと描いています。しかし、作中ではそこかしこにそれが顔を出し、主人公は「私はすごく悩んでいる」とは言わないんだけれど、本当は凄く悩んでいるんだろうなあということが、そこはかとなく伝わってきます。つまり、高橋陽子というこの人は上手いです。

アイディアというか、世界観も良かった。しかし、次作はどうでしょうか、保坂氏のように、書き始めてみなければ次がどんな作品になるかわからない人でしょうか。

次ぎにあげる小説すばる新人賞の「となり町戦争」の作者、三崎亜記とくらべると、文章は上手いですが、次作も面白そうだなあと期待させるのは、三崎亜記だと感じる私なのでした。

となり町戦争

第17回小説すばる新人賞受賞作 「となり町戦争」 三崎亜記 

内容紹介文から

ある日届いた「となり町」との戦争の知らせ。僕は町役場から敵地偵察を任ぜられた。だが音も光も気配も感じられず、戦時下の実感を持てないまま。それでも戦争は着実に進んでいた―。シュールかつ繊細に、「私たち」が本当に戦争を否定できるかを問う衝撃作。

レビュー

アイディアが素晴らしいです。面白さは昨今見た新人賞作品としては群を抜いているのではないかと思いました。日常に潜む、戦争、目には見えないが確実に進行する戦争を、役所のプロジェクトに見立てているところが秀逸。役所のプロジェクトに関する詳細な記述は、著者がそれらの実際の経験者ではないかと思わせます。

この作品はアイディアの勝利といって良いでしょう。文章そのものはいまいちな部分もあるのですが、並の新人のレベルは超えています。男女の描写については、若干弱いです、青臭さが残るといえます。

しかし、小奇麗な文章よりも、今後を期待させる何かを持つ者が新人賞では求められるとのこと。この作品の作者は、その何かを持つ人間であることは間違いないでしょう。次作を読みたいと思わせる作家です。

蛇足ですが、最後の章は新人賞の枚数に合わせるために書いたのでしょうか。私には、取ってつけたような印象が拭えませんでした。

なお、三崎亜記は、本新人賞を受賞後、やはりいくつも作品を出しているようです。

なお、両賞を主催する集英社は、新人の面倒見が非常に良いようです。この二方も集英社にサポートされ、順調に育っていくことでしょう。


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